親子丼の備忘録(改)

親子丼の日常を綴った何か。専門的なことも書くかも?

「 <Harmony/> 」

「ごめんね、ミァハ。」
「行こう、向こう側へ」

どうも、親子丼です。
今日観てきた「<Harmony/>」について素人ながら感想を書いていきたいと思います。

Project Itoh 劇場版第二作、「< Harmony/ >」

ネタバレを含みます、原作未読、または、劇場版未視聴の方はご注意ください
また、内容は、あくまで私、親子丼の個人的な感想です

皮肉。

映画の冒頭で主人公、霧慧トァンがトゥアレグという民族の民と裏取引をしている
ところで、「酒など」と「医療パッチ」を交換するのですが、

  • トゥアレグ側は、WatchMeとメディケアの産物である医療パッチを手に入れることで、
    病から身を守れる。
  • 一方、トァン側は酒やタバコなどを手に入れることで、
    それらを楽しみ、かつ自傷行為(自分の肺や肝臓を傷めつける)をすることで、
    生府に反抗できる、とても小さな反抗ではあるが。

とまあ、正反対のものを求めて、取引をしています。
これは、「健康」についての皮肉めいた象徴なんじゃないかって自分は思っています。
(健康を維持するものと、生府が禁止している嗜好物を交換するなんて・・・)
よく考えて見れば、WatchMe(恒常的体内監視システム的な何か)なんかは、
ネーミング的に、私を見て!という意味なのに、居場所がないと言って
自殺する子供が増えているなんて、皮肉以外の何物でもないって自分は思ってしまいます。

違和感。

この映画で最も印象に残った点といえば、最後の方の、
御冷ミァハがハーモニープログラムについて霧慧トァンに語ったところ。
ミァハの憎み否定していた、美しく幸福で残酷な思いやりで人を絞め殺すような世界。
その世界を逆にミァハが愛している、このことにとても違和感を感じました。
でも、違和感の正体はただの「無知」でした。
原作を読むことで、私の違和感は、一つの確信に変わりました。

ミァハは、意識のない人間だった。極めて合理的な選択をとる種族の一人だった。
しかし売春基地での壮絶な経験から、憎悪や憎しみを核とした感情、ひいては「意識」を
手に入れた。
野蛮を知っているミァハは、隣に住んでいた男の子の死から、野蛮を、自然を抑えようとしている
この生府の仕組みがおかしいと考え、憎悪した。
WatchMeによって「あなた」と「わたし」は
共通の社会のリソースであって互いに思いやらなければいけないこと
を強要された世界を憎んだ。
しかし、ハーモニープログラムの実験を経てまたミァハは変わった。
人は、ハーモニープログラムによって意識をなくすことで変われる、人間が人間であることの
限界を超えられる、「わたし」が「わたし」であるということを捨てれば「あなた」もいなくなり、
結果的にWatchMeによる思いやりの世界とも、野蛮で自然な世界とも違う「新世界」を創れる、
そう、ミァハは思ったのだろうと、僕は思います。

だから、ハーモニープログラムを起動したかった、だからそれを起動できる老人の背中を押すために、
混沌のシチュエーションを演出した。
ミァハは、大人にならず、ずっと「女の子」だった。

調和。

ハーモニクスの取れた世界、つまりは、感情やたましいのない世界、わたしという存在自体がない世界、
何かを思う自分が完璧に存在しない世界、争いも殺し合いも自殺もなにもない世界、
そんな世界になったとして、自由意志のない人間が人間といえるのか、人間の形をしたオブジェクト、
そんなものコードで記述された「機械」ではないか、と僕は思います。
それは「ユートピア」か「ディストピア」か?
僕は分かりません、でも、
今後、そんな世界が訪れるとしたら、そう考えると僕は、恐怖を覚えました。

以上、僕の感想です、長文ご拝読ありがとうございました。
明日はハーモニーの前にProject Itohで上映された「屍者の帝国」について書こうと思っています。

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